袴に合わせていつもは雪駄かショートブーツを履いていますが、夏になるとトレーニングを兼ねて1本歯の下駄を履いています。
今年はウォーキングがてら今日から履き始めることにしました。
一本歯は凄く良い稽古になります。
バランス感覚は勿論ですが、体を纏める感覚や、蹴らない歩き方の稽古にもなります。
あと、一本下駄の歯の部分は土台に差し込んでいるだけなので、緩んできて4・5年に一度歩いている途中で突然抜けてしまうことがあるのですが、その時に瞬時に反応して膝を抜いて着地しなければなりません。勿論反応が遅いと転んでしまいます。普通に転ぶよりも一本下駄を履いて転ぶ方が恥ずかしい気がします。
しかも、もし転んでしまったら4・5年リベンジの機会を待ち続けなければなりません。
これは精神的に良くない稽古ですね。
最近「セルフコンパッション」という考え方が注目されています。
直訳すると、自分への思いやりです。
勿論、他者への思いやりは持っている前提です。
大切な人が苦しんでいる時にその人を思いやるのと同じように、自分に対して思いやりを持つということです。
私は間違うこともあるし、人を傷つけてしまうこともあるし、落ち込んでしまうこともある、それを受け入れた上で、そうなるのは私だけではなく、皆もそうなるし、人間はそうなるものだと考えると大分心が軽くなると思います。
勿論、だから何をしてもオッケーとか、だから何にもしないということとは違います。
そう考えることにより、むしろやるべきことのモチベーションが上がったり、様々な人に差別なく優しい気持ちで接することができたり、感謝を感じるものが増えてきたりします。
それにより周りの出来事に振り回されて自分の気持ちが落ち込むことが減っていきます。
気合いだ!気合いだ!気合いだ!と気合いを入れるより、今の時代はこっちの方が良さそうですね。
あと、ペットを飼うのもいいと思います。
猫なんか可愛くていいと思います。
冬はあったかいし、単純に飼いやすいし、単純に癒されるし。
ただ、ペットショップで飼うのは考えた方がいいようです。
以前、空手の子が誕生日に犬を買ってもらうと言っていたので、「ペットショップに見に行くの?」と聞いたら、「ペットショップで買うと、結果的に可愛そうな動物を増やしてしまう」と言っていたので調べてみると、確かに目の前の可愛い子達だけではなく、その裏まで広く考えなければいけないと思わされました。
以前はペットショップで売れ残ると保健所などの自治体に持ち込まれて処分されるのが主流だったようですが、現在は自治体がそれを拒否できることになったようです。
それもひどい話ですが、その結果、有料で引き取ってくれる引き取り屋が現れたようです。
「一生面倒をみます。」ということですが、どうなんだろうか。
食べ物も配達してもらっているし、特に用事がなければ家にいるので、もう何日も家から出ていない。
最初は窮屈に感じたが、今は全く苦にならなくなってきた。
今までは実際に戦うことになった時、どうすれば勝てるかという事を考えて刀の稽古をしてきて、どこの誰が作ったとか、刃紋がどうこうとか、全く興味がなかったが、勉強してみると面白くなってきてずっと調べている。
仕事で一ヶ所行かなければいけないところがあるが、むしろ外出が億劫になってきた。
ということで家にいても平気な人はいいが、ずっと家にいるために鬱になる人が増えてきたという記事を見かけましたので、そうなる前に対策ができればと思います。
記事のリンクも貼っておきますが、一応簡単に要約します。
コロナ感染への不安で、感染する前にメンタルがやられてしまうので、それを予防しようということです。
予防法が5つあります。
1、怖がったり不安になったりするのは、誰でもそうなるもので、その気持ちを否定せず、認め、受け入れることが大切。
2、ネガティブな情報に触れ続けていると、自然とネガティブな気分に支配されてしまうし、自分ではそのことに気がつきにくいので、ニュースの追っかけをやめる。
3、運動習慣のない人のほうが圧倒的に鬱になりやすいことが分かっているので、規則正しい生活をして、できるだけ体を動かす。
4、いつかは必ず収束するので「アフターコロナ」に、自分は何がしたいのか、どう生きていきたいのか、自分の夢や希望を考える。
ある人に、自粛のあとどうするかという、これと同じような事を言われ、私個人的にはこの言葉に救われた気持ちがあります。
5、感謝の気持ちを口にすると、心が安定しやすい。
こんな感じですが、なるほどと思うものばかりです。
私の母も、テレビを見ていると沖縄はコロナの感染者が凄く多いし、コロナで死んでしまったらどうしようと心配していました。
数字を調べると沖縄は全国16番目で、死亡者は1名でした。
今のところ沖縄の人がコロナで死ぬ確率は145万分の1だということを伝えたら少し落ち着きました。