五輪書 火之巻4


ー 渡を超すということ

「渡を越す」とは、たとえば、海を渡るときは、瀬戸と呼ばれる幅の狭い海峡を越えることもあるし、四十里(約百六十キロメートル)、五十里(約二百キロメートル)にも達する長い海路を越えることもあり、そうした難所を乗り切ることを「渡」というのである。

人の世を渡るにも、一生のうちには、渡を越すような難局も数多いはずだ。

船旅では、渡があるところを知り、船の性能を知り、日和のよしあしをよく判断し、 友舟(本船に伴走させる舟)は出なくても、その時々の状況に従って、あるいは横風を頼りに、あるいは追い風を帆に受け、もし途中で風向きが変わっても、二里、三里 (約八~十二キロメートル)くらいは櫓を漕いででも港にたどり着いてやると心に決めて、船を乗りこなし、渡を越すのである。

人の世を渡るときも、そういう気持ちを忘れずに、一大事と言い聞かせて渡を越そうとする決意がないといけない。

兵法でも、戦いに臨む覚悟として、渡を越すという心構えが大切である。
敵の力量を読み、自分の能力を正しく判断し、道理をわきまえて渡を越すという姿勢は、腕利きの船頭が海路を越すのと何ら変わらない。
渡を越すということは、敵に弱みが生じて戦況がこちらに優位になったということで、こちらが勝つことがほぼ決まったといえる。
大勢の合戦、一対一の戦いを問わず、渡を越すということは重要である。

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