武士道 第15章


第15章 『武士道の影響』

・武士道は武士だけのものではない!
武士が求める美徳は、私たち国民の一般水準より、はるかに高いところを目指しています。
太陽が昇る時は、まずは最も高い山頂を赤く染めて、それからだんだんと光線を谷間へ向けて注いでいきます。
同じように武士道の倫理体系も、最初は武士階級に光を当て、そこからしだいに一般大衆の中に従うものを生み出していきました。

・日本の文化はサムライによって作られた
日本という国は、サムライによって作られてきました。
彼らは国家の花であっただけでなく、根でもあったのです。
天からの素晴らしい贈り物は、武士たちによってもたらされてきました。
武士は、社会的には一般大衆と隔たっていましたが、民衆に道徳基準を示し、自ら
模範となることによって民衆を導いたのです。
武士道は、社会的に実践すべき外的な教えと、自らが研鑽に努める内的な教えから成り立っていました。
前者は社会の安定と幸福を求める善意の実践であり、後者は自身のために徳を高めていこうとする規律でした。

大衆娯楽と、それによる教化の手段には、数えきれないほどたくさんの種類がありました。
芝居、寄席、講談、浄瑠璃、読本など、そのほとんどはサムライの物語を主要なテーマにしています。
農民たちはあばら家の囲炉裏の火を囲み、源義経とその忠臣である弁慶の物語や、勇敢な曽我兄弟の物語を繰り返し語り、飽きることもなかったのです。
商家の番頭や小僧たちは、一日の仕事を終えて、店の雨戸が閉められると、一部屋に集まって、夜中まで信長や秀吉の話をします。
女の子でさえ、武士の武勇と徳を愛するように感化されていましたから、将軍オセロを愛したデズデモナのように、熱心に武士のロマンスに耳を傾けたのです。

武士は国民全体の美しい理想となり、「花は桜木、人は武士」と大衆にうたわれました。
どんな人の活動も、思想のあり方も、いくらかでも武士道の影響を受けなかったものはないでしょう。
日本における知性と道徳は、直接的にだろうが、間接的にだろうが、武士道が作ったものだったのです。

・大和魂の誕生~日本人はなぜ桜を愛するのか?
武士道は様々な形で、それが生まれた武士階級から流れ出し、大衆の間で酵母のように熟成し、国民全体の道徳規範となっていきました。
一般大衆は武士たちの求める行動基準には達しなかったのですが、それでも「大和魂」という言葉が、我が国の究極的な「民族精神」を表すようになったのです。

本居宣長は次のように詠いました。
「敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂う 山桜花」
桜は長い間、日本人が愛した花であり、国民の象徴でもあります。
その気品ある、優雅な美しさが、他のどんな花よりも私たちの美的感覚に訴えるから、私たちは桜を愛するのです。
自然のままに生命を終えて散り、色も決して派手ではなく、香りもほのかで人を飽きさせません。
桜の甘い香りが朝の空気と共に漂うとき、ちょうど太陽が昇ってきて、この極東の島国を照らす。
私たちは美しい日の、爽やかの空気を胸一杯に吸い込む。
「朝日に匂う山桜花」とは、まさにそんな日本人固有の感動体験を表しているのです。

体験・見学のお申し込みはこちら

コメントをする

内容をご確認の上、投稿してください。


*

error: Content is protected !!