


あけましておめでとうございます。
2025年 巳年が始まりました。
九星気学では、二黒土星。
突然ですが、「自由気ままなブログ15」が始まります。
占いや風水好きの者が書く「統一感の無い」、「頻度も決まって無い」自由な内容のブログです。
今回は、1月の開運行動を紹介します。
その前に2025年のポイントを紹介します。
・2025年は、2023年の兎年に始めたことが2024年の辰年の間に継続したものが巳年で跳ねる(結果が出る)年。
・蛇口なので色々な物が出てくる。
・巳年の蛇は、脱皮を繰り返して成長するため変化と再生の年。
・新しい物が出てくる。
・外より内側を意識した方が良い年。
家族、仕事仲間、友達とコミュニケーションをとり絆を深めることを大切にする。
・ゆっくり丁寧にしっかり準備する年。
ということがポイントになるそうです。詳しくは、後日、紹介しますので自由にお待ちください。
1月の開運行動についてネットや占いの本などで調べれば色々あると思いますがここでは以下の内容を紹介します。
暦では2025年ですが、占いでは節分(旧正月)を区切りとするので、そこまでは2024年。三碧木星の年。1月も三碧木星の月。
三碧木星は、自然界のエネルギーに例えると雷となり電化製品を連想します。
また、雷のスピードは速いことから最新、新品も連想します。
ということで、最新の電化製品を買い替えるのが開運行動です。中古品は誰かが使った物なので最新や新品にならないため、あまり良くないです。
もし、最新の電化製品をすでに買い替えたり買う予定の無い場合は、電化製品を綺麗に掃除したり、テレビやエヤコン、時計の電池交換をする、スマホ、タブレット、パソコンの画面を綺麗に拭くことでも開運に繋がります。画面が割れている場合は金運が下がるので出来れば買い替える又は修理した方が良いです。
◎ラッキーカラー
緑、ゴールド、ベビーピンク
◎ラッキーフード
おしるこ、おせち料理、お雑煮、コーヒー粉
◎ラッキーアクション
早起き
◎ラッキースポット
朝日がきれいに見える場所、プラネタリウム
◎掃除のポイント
玄関
興味がありましたら出来る範囲で参考にしてみてください。


『礼』
・最も効率的で、最も優美、それが「礼」
礼儀正しさとマナーの良さは、日本を訪れた外国人の旅行者が気づくことのようです。
ただ、もし「上品であることという評判を落としたくない」というだけで実行されるのであれば、礼儀というのは大した特質ではありません。
本当の礼儀というのは、「他社の感情を思いやる心」が目に見える形で表れたものでなければならないのです。
礼というのは、ほとんど愛に近いものになります。
私たちは敬虔な気持ちで、「礼は寛容にして慈悲あり、礼は妬まず、礼は誇らず、驕らず、非礼を行わず」といわなければなりません。
日本の場合、礼式の作法の中に、あまりにも不要な枝葉末節があることは確かに私も認めましょう。
けれども、細かく規定された礼式も、私はくだらないものとは考えません。
それは確実な結果を達成するために、長年の観察から「最も効率的で、最も優美である」として生まれたものだからです。
・厳格な作法を通してこそ到達できる高い精神
武士道の中で私が強調したいのは、礼を厳格に遵守することで育まれてきた、道徳的な訓練のことなのです。
究極的な本質は、全て一つに統合されます。
それは最もよく知られた礼儀作法の流派の主唱者である小笠原清務の、次の言葉で説明されます。
「礼道の要は心を練るにあり。礼をもって端座すれば兇人剣を取りて向かうとも害を加うことを能わず」
別な言葉で言えば、正しい礼儀作法を絶えず実践することによって、人間は身体のあらゆる部分における機能を完璧に整えることができるのです。
そうやって自分の身体と外部環境を調和させることで、精神によって肉体を支配することができます。
最も単純なことが芸術となり、また精神文化になったという例で、私は日本の「茶の湯」をあげることができます。
茶の湯の第一の目的は心の平静、感情の明瞭さ、立ち居振る舞いの落ち着きといったものをつくり出すこと。
疑いなくそれらは、正しい思考や正しい感情を生むための第一条件です。
騒々しい世俗の光景と雑音から遮断された、塵一つない清らかな小さい部屋。
それ自体が人間の思考を、俗世界から切り離します。
西洋の広間にあるような、魅惑的な絵画や骨董品の数々はそこにはなく、唯一ある「掛軸」は、色彩の美しさよりも構図の優美さで目を引くものになっています。
洗練された趣向を極限にまで高めるのが茶の湯であって、装飾の類は、宗教的な畏怖をもって排除されるのです。
戦争やその噂が絶えなかった時代に、茶の湯が千利休という一人の思慮深い隠者によって大成されたという事実は、この習慣が単なる暇つぶしではなかったことを、はっきり証明しているでしょう。
・日本人はなぜ、自分を「へりくだる」のか
例えば贈り物をされたときです。
アメリカでは贈り物をするとき、受け取る相手に対してその品物を褒めたたえます。
一方、日本ではその品物を「つまらないもの」と控えめにいったり、あえて軽んじたりするのです。
アメリカ人の心情はこうしたものでしょう。
「これは素晴らしい贈り物です。そうでなければ、あなたに差し上げようなどと思いません。素晴らしいものでない贈り物をしたら、あなたを侮辱することになるのですから。」
これに対して、日本人の理論はこうなります。
「あなたは素晴らしい人間です。その素晴らしいあなたに対し、どんな贈り物をしたってそれに見合うものなどないでしょう。どんな品物でもそれがあなたの価値に見合っているなどといえば、あなたを侮辱することになってしまうのですから。」
この二つの考え方を並べると、そこにはよく似た考え方があることに気づくでしょう。
アメリカ人は贈り物をするときに、その品物の事を言う。
日本人は贈り物をするときに、その精神の事をいう。
ただそれだけの違いなのです。




