
『誠』
・侍が命を懸けて守った「誠」
誠実さと真摯さがなければ、「礼」は芝居やショーの類いと同じになってしまいます。
「礼に過ぐればへつらいとなる」とは、伊達政宗の言葉でした。
孔子は、「中庸」の中で、「誠は物の終始なり、誠ならざれば物なし」と言い、「誠」とは限りなく広く、限りなく続くものであり、その力は動くことなくして変化を生み、そこに存在するだけで物事を成し遂げる力を持っている、と説いています。
嘘をついたりごまかしたりすることは、等しく卑怯なこととされています。
武士には社会的に高い地位を与えられたのですから、商人や農民よりもずっと高い「誠」を要求されました。
「武士の一言」という侍の言葉は、それが真実であることを保証するものだったのです。
証文を書くことなど、武士の威厳にかかわることでした。
多くのキリスト教徒が「真実であることを誓う」のとは異なり、サムライは誓うことそのものを、「自分の名誉を傷つける行為」と考えていました。
勿論私は、武士たちが様々な神や己の刀にかけて何かを誓ったということを承知しています。
けれども彼らの誓いは、決して思いつきの不敬虔な発言にはならなかったのです。
・「誠であること」と「事実であること」は違う。
人の世におけるあらゆる素晴らしい職業の中でも、戦士と商人ほど、遠くかけ離れたものはありません。
日本で商人というのは、士農工商という職業区分の中で、最も低い地位に置かれました。
サムライは土地から収入を得て、自ら農園で耕作することもありました。
ただ、銭勘定したり、算盤をはじいたりすることは嫌ったのです。
権力と富を分離させることは、社会をより平等にすることに役立ったのです。
こうしたこともあって、封建時代の日本では、商業は自由であれば到達しただろうという段階まで、発展することがありませんでした。
格下に蔑まれてきたため、この職業には自然と社会的な評判など気にしない人々が集まってきます。
「人を泥棒と呼べば、その人は盗むだろう」というように、汚名を着せられれば、着せられた人は、自らの品性をその汚名に合わせてしまうのです。
しかし、商業だろうが他の職業だろうが、どんな仕事でも道徳規範なしで成立しえないことは、いうまでもありません。
封建時代の日本の商人も、彼ら自身の中で、独自の規範を作っていました。
そうでなければ、組合、銀行、取引所、保険、手形、為替などといった基本的な商業制度を発展させることはできなかったでしょう。
けれども職業の異なる人々に対しては、やはり商人たちも評判どおり、自らが置かれた序列に相応しい態度で接することが多かったのです。
・正直さと誠意は報酬に見合う。
それでも産業が成長していけば、誠は実戦しやすく、しかも実利のある徳であることが分かってくるでしょう。
とても興味深いのは、商人であっても債務者となった場合、証書の中にはっきりした形で誠意と名誉を重んじることが記載されたことです。
例えばこんな文句を書き込むことも、きわめて普通に行われていました。
「お借りした金子の返済を怠ったときは、衆人が見ている中でお笑いくださってもかまいません」


あけましておめでとうございます。
2025年 巳年が始まりました。
九星気学では、二黒土星。
突然ですが、「自由気ままなブログ15」が始まります。
占いや風水好きの者が書く「統一感の無い」、「頻度も決まって無い」自由な内容のブログです。
今回は、1月の開運行動を紹介します。
その前に2025年のポイントを紹介します。
・2025年は、2023年の兎年に始めたことが2024年の辰年の間に継続したものが巳年で跳ねる(結果が出る)年。
・蛇口なので色々な物が出てくる。
・巳年の蛇は、脱皮を繰り返して成長するため変化と再生の年。
・新しい物が出てくる。
・外より内側を意識した方が良い年。
家族、仕事仲間、友達とコミュニケーションをとり絆を深めることを大切にする。
・ゆっくり丁寧にしっかり準備する年。
ということがポイントになるそうです。詳しくは、後日、紹介しますので自由にお待ちください。
1月の開運行動についてネットや占いの本などで調べれば色々あると思いますがここでは以下の内容を紹介します。
暦では2025年ですが、占いでは節分(旧正月)を区切りとするので、そこまでは2024年。三碧木星の年。1月も三碧木星の月。
三碧木星は、自然界のエネルギーに例えると雷となり電化製品を連想します。
また、雷のスピードは速いことから最新、新品も連想します。
ということで、最新の電化製品を買い替えるのが開運行動です。中古品は誰かが使った物なので最新や新品にならないため、あまり良くないです。
もし、最新の電化製品をすでに買い替えたり買う予定の無い場合は、電化製品を綺麗に掃除したり、テレビやエヤコン、時計の電池交換をする、スマホ、タブレット、パソコンの画面を綺麗に拭くことでも開運に繋がります。画面が割れている場合は金運が下がるので出来れば買い替える又は修理した方が良いです。
◎ラッキーカラー
緑、ゴールド、ベビーピンク
◎ラッキーフード
おしるこ、おせち料理、お雑煮、コーヒー粉
◎ラッキーアクション
早起き
◎ラッキースポット
朝日がきれいに見える場所、プラネタリウム
◎掃除のポイント
玄関
興味がありましたら出来る範囲で参考にしてみてください。


『礼』
・最も効率的で、最も優美、それが「礼」
礼儀正しさとマナーの良さは、日本を訪れた外国人の旅行者が気づくことのようです。
ただ、もし「上品であるという評判を落としたくない」というだけで実行されるのであれば、礼儀というのは大した特質ではありません。
本当の礼儀というのは、「他社の感情を思いやる心」が目に見える形で表れたものでなければならないのです。
礼というのは、ほとんど愛に近いものになります。
私たちは敬虔な気持ちで、「礼は寛容にして慈悲あり、礼は妬まず、礼は誇らず、驕らず、非礼を行わず」といわなければなりません。
礼式の作法の中に、あまりにも不要な枝葉末節があることは確かに私も認めましょう。
けれども、細かく規定された礼式も、私はくだらないものとは考えません。
それは確実な結果を達成するために、長年の観察から「最も効率的で、最も優美である」として生まれたものだからです。
・厳格な作法を通してこそ到達できる高い精神
武士道の中で私が強調したいのは、礼を厳格に遵守することで育まれてきた、道徳的な訓練のことなのです。
究極的な本質は、全て一つに統合されます。
それは最もよく知られた礼儀作法の流派の主唱者である小笠原清務の、次の言葉で説明されます。
「礼道の要は心を練るにあり。礼をもって端座すれば兇人剣を取りて向かうとも害を加うことを能わず」
別な言葉で言えば、正しい礼儀作法を絶えず実践することによって、人間は身体のあらゆる部分における機能を完璧に整えることができるのです。
そうやって自分の身体と外部環境を調和させることで、精神によって肉体を支配することができます。
最も単純なことが芸術となり、また精神文化になったという例で、私は日本の「茶の湯」をあげることができます。
茶の湯の第一の目的は心の平静、感情の明瞭さ、立ち居振る舞いの落ち着きといったものをつくり出すこと。
疑いなくそれらは、正しい思考や正しい感情を生むための第一条件です。
騒々しい世俗の光景と雑音から遮断された、塵一つない清らかな小さい部屋。
それ自体が人間の思考を、俗世界から切り離します。
西洋の広間にあるような、魅惑的な絵画や骨董品の数々はそこにはなく、唯一ある「掛軸」は、色彩の美しさよりも構図の優美さで目を引くものになっています。
洗練された趣向を極限にまで高めるのが茶の湯であって、装飾の類は、宗教的な畏怖をもって排除されるのです。
戦争やその噂が絶えなかった時代に、茶の湯が千利休という一人の思慮深い隠者によって大成されたという事実は、この習慣が単なる暇つぶしではなかったことを、はっきり証明しているでしょう。
・日本人はなぜ、自分を「へりくだる」のか
例えば贈り物をされたときです。
アメリカでは贈り物をするとき、受け取る相手に対してその品物を褒めたたえます。
一方、日本ではその品物を「つまらないもの」と控えめにいったり、あえて軽んじたりするのです。
アメリカ人の心情はこうしたものでしょう。
「これは素晴らしい贈り物です。そうでなければ、あなたに差し上げようなどと思いません。素晴らしいものでない贈り物をしたら、あなたを侮辱することになるのですから。」
これに対して、日本人の理論はこうなります。
「あなたは素晴らしい人間です。その素晴らしいあなたに対し、どんな贈り物をしたってそれに見合うものなどないでしょう。どんな品物でもそれがあなたの価値に見合っているなどといえば、あなたを侮辱することになってしまうのですから。」
この二つの考え方を並べると、そこにはよく似た考え方があることに気づくでしょう。
アメリカ人は贈り物をするときに、その品物の事を言う。
日本人は贈り物をするときに、その精神の事をいう。
ただそれだけの違いなのです。


明けましておめでとう御座います。
ことし一年の皆様のご健康、怪我なく稽古を楽しんで頂けますよう出雲大社にて祈念して参りました。
本年も宜しくお願い致します。
城崎流居合抜刀道
横浜教室 赤崎知宏



明けましておめでとうございます。
ここ数年は年始に研修を兼ねて接客の良いホテルや旅館を探して宿泊しておりましたが、今年は自宅でゆっくりしております。
28日の稽古納めの後、4日までゆっくり過ごせますが、ゆっくり事務仕事をして、あっという間に稽古始めになりそうです。
昨年から講師二人制を取り入れ、より一人一人の生徒の皆さんへ気が届くようになったと思います。
それでも人数が多いと全員に声を届けられないことがありますが、全員にマンツーマンのようにやっていきたいと思います。
3月には居合刀買い物ツアーで何名かの方が居合刀を注文し、半年かけて職人さんが制作して手元にくると、何とも言えない嬉しさがあります。まさに愛刀となります。
今年も希望者がおりましたら開催したいと思います。
4月には芸術祭の実行委員会がスタートし、今回は委員長をさせていただきました。
集客に力を入れて満席のお客さんの前で演じられるようにと考えておりましたが、なかなか難しかったです。
6月はヨガの先生をお迎えし、ヨガ体験会を開催致しました。
馴染みのない方には難しいのですが、仏教や神道にも繋がる奥深いものなので一度深いところを見てみていただきたいです。
7月は学童保育の殺陣体験会で、子供たちに侍の一部を体験していただきました。
2時間で多くを伝えることはできませんが、侍たちが持ってた強い精神だけでなく、強い肉体も作ってほしいです。
頭が強いと体が弱くなり、体が強いと頭が弱くなる傾向がありますので、心と体と頭の3つを鍛えてほしいです。
8月最後は恒例の1時間程のミニ花火。
花火はいくつになっても楽しいですね。日本人の心に触れる何かがあるのでしょうね。
花火とか買い物ツアーとか、今年はそういう教室以外の楽しみの場をもっと作っていきたいと思います。
そして9月は芸術祭の本番。
お陰様で今年もいい芸術祭となりました。
稽古の成果を発表する数少ない場になりますので、今後もできる限り続けていきたいと思います。
11月は年に一度の審査会。
普段の稽古ではなかなか自分の上達を感じにくく、1年たっても2年たっても自分は上達してないんじゃないかと思うことがありますが、確認の場があると自分の成長を感じられますので、やっぱり物事を続けていくのに必要な事だと思います。
12月は沖縄教室開講。
大人になるとなかなか性格を変えるのが難しいのですが、私の性格の基礎を作ってくれました沖縄に、感謝の気持ちを形で返していきたいと思います。
今年は殺陣教室の講師も増えて、私を含めて6名となりました。
それぞれの個性を持ちながら、講師一同和事の講師の名に恥じないように丁寧に礼を持って正しくいきたいと思います。
今年も皆が楽しめる教室を全力で作っていきます。宜しくお願い致します。
