
一 崩れを知るということ
「崩れ」という現象は、いろいろなところでよく目にすることだ。
家が崩れる、身を持ち崩すなどだが、敵が崩れる場合も、その時期に拍子が狂ってしまったために起きることである。
大勢の合戦では、敵が崩れる兆しに気づいたら、間髪を容れずに一気に追い立てることが大事だ。
崩れる呼吸(タイミング)を見落としてしまうと、敵に立て直す時間を与えることになる。
また、一対一の勝負でも、戦っているうちに、敵の拍子が狂って「崩れ目」と呼ぶほころびが生じてくるものだ。
そこを軽く見て油断すると、その前の戦況に戻って、ゼロから出直さなければならなくなって、はかばかしくない。
敵の「崩れ目」を狙って、敵が体勢を立て直せないように、しかと追い打ちをかけることが肝心である。
追撃は、一気に激しく攻めるべきである。敵が立て直せないように徹底的に打ち据えるということを、よく理解しなければならない。
徹底的に打ち据えなければ、緩み、たるんだ気持ちが残るからである。
工夫すべきテーマである。


一 剣を踏むということ
「剣を踏む」ということは、兵法では盛んに用いる戦法である。
まず大勢の合戦の場合だが、弓・鉄砲では、敵が何らかの形で先に攻撃をしかけてきたときに、敵の矢弾が一段落してからかかっていくのでは遅すぎる。
敵が弓をつがい、鉄砲に火薬を込めて、襲いかかってくれば、敵陣に押し入ることは難しくなる。
いずれにせよ、敵が矢弾を放っている間にいち早く攻め入る心がけが肝要である。
早く攻め入れば攻め入るほど、敵は矢をつがえにくくなるし、鉄砲も打てなくなるだろう。
敵が何かをしかけてきたら、それをうまく利用し、敵のすることを踏み台にすることだ。それが、勝つ極意である。
また、一対一の勝負でも、敵が打ち出してきた直後に打ち返すと、敵はリズムを狂わせてドタバタし、捗がいかなくなるはずである。
敵が打ち出す太刀は、足で踏みつけるような気持ちで、すかさず打ち返し、敵が二の太刀を見舞ってこないようにしないといけない。
「踏む」というのは足に限ったことではない。体でも踏み、心でも踏み、当然ながら太刀でも踏みつけて、敵に二の太刀を繰り出させないように封じることをいうのだ。
これすなわち、物事の先を読む心得である。なりゆきで反撃するのではない。「敵と一度(同時)に」といって、敵の先制攻撃に対しては、電光石火に即応するのだ。


ー 景気を知るということ
「景気を知る」というのは、大勢が戦う合戦において、敵の勢いが盛んなのか衰えているのかを読み、敵兵の心理状態を推し量り、その場の状況をつかみ、敵の様子をよく観察して、こちらの兵力をどう動かすかを考え、わが二天一流の兵法の道理を駆使して確実に勝利を得るコツを呑み込み、先の見通しを立てて戦うことをいうのである。
また、一対一の勝負においても、敵の流派をわきまえ、相手の性格を読み、得手不得手、長所短所を見つけて、敵の意表をつく攻め方をし、敵の思惑の裏をかくことをしかけ、敵の調子の”減り上り(メリハリ)”』を知り、その間の拍子(呼吸)もよく知った上で、こちらから先手をしかけることが肝要である。
物事の「景気」は、自分自身の智力が優れていれば、必ずつかめるものである。
兵法でも同じで、意思のとおりに自在に動けるようになれば、敵の心を十二分に推測することで勝つ方法を多く見つけだせるであろう。


ー 渡を超すということ
「渡を越す」とは、たとえば、海を渡るときは、瀬戸と呼ばれる幅の狭い海峡を越えることもあるし、四十里(約百六十キロメートル)、五十里(約二百キロメートル)にも達する長い海路を越えることもあり、そうした難所を乗り切ることを「渡」というのである。
人の世を渡るにも、一生のうちには、渡を越すような難局も数多いはずだ。
船旅では、渡があるところを知り、船の性能を知り、日和のよしあしをよく判断し、 友舟(本船に伴走させる舟)は出なくても、その時々の状況に従って、あるいは横風を頼りに、あるいは追い風を帆に受け、もし途中で風向きが変わっても、二里、三里 (約八~十二キロメートル)くらいは櫓を漕いででも港にたどり着いてやると心に決めて、船を乗りこなし、渡を越すのである。
人の世を渡るときも、そういう気持ちを忘れずに、一大事と言い聞かせて渡を越そうとする決意がないといけない。
兵法でも、戦いに臨む覚悟として、渡を越すという心構えが大切である。
敵の力量を読み、自分の能力を正しく判断し、道理をわきまえて渡を越すという姿勢は、腕利きの船頭が海路を越すのと何ら変わらない。
渡を越すということは、敵に弱みが生じて戦況がこちらに優位になったということで、こちらが勝つことがほぼ決まったといえる。
大勢の合戦、一対一の戦いを問わず、渡を越すということは重要である。


ー 枕を抑えるということ
「枕を押さえる」とは、頭を上げさせないという意味である。
兵法の勝負の道においては、敵に先を越されて後手に回るのはまずい。
しかし、敵も同じようなことを考えているから、こちらにそういう気持ちがあっても、相手の出方を先読みすることができなくては、その思惑ははずれてしまう。
わが二天一流の兵法では、敵が打ちかかってくるのを受けとめ、突きかかるのを抑えて阻み、組みついてくるのをもぎ取るように引きはがしたりすることを「枕を押さえる」といっているのである。
枕を押さえるという攻撃法は、わが二天一流の兵法の真髄を熟知して敵と相対するときには、敵の脳裏に浮かんでいるどんな意図も、その敵に悟られずに見抜いて、たとえば敵の「打つ」という言い方で説明するなら、「うつ」の「う」の字の頭を押さえて、その後を続かないようにさせることである。
敵が技をしかけてくる場合、どうでもいい小技は放っておき、危険そうな大技だけをマークして敵にそれをさせないように阻止することが、兵法では大事なのだ。だがこのやり方は、敵がしようとすることを抑止しようとするので「後手」なのである。
こちらが、まずやらなければならないことは、どんなことでも、わが二天一流の兵法の教えに従って技を繰り出していると、敵も技をしかけようと考えるので、その頭を押さえにかかって、何もできないようにすることである。
そうやって、敵を自在に引き回すのが兵法の極意というものであり、鍛錬の成果なのである。
