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五輪書 水の巻33

ー 多敵の位のこと

「多敵の位」というのは、一人で多数の敵を相手に戦うときの心得である。
敵の両刀をすらりと抜き取ったら、両腕を左右に広げ、両脇に提げて構えるのである。
こうすれば、何人もの敵が四方から打ちかかってきても、どちらか一方へ追い込むことができるはずである。

かかってくる敵の、誰が先で誰が後になりそうかを即時し、先にかかってきそうな相手に素早く襲い掛かって、まずこれを片付ける。
次いで、全体の動きをざっと眺めて、敵がどう打ちかかってくるかを把握したら、右手に持った大刀と左手に持った脇差を交差させるようにして次なる敵を一気に切り倒すのだ。
斬った後、敵の襲撃を待つのはよくない。
直ちに二刀を両脇に構え、敵がでてくるところへこちらから激しく斬りこんでいって、押し崩し、休むことなく、更に出てくる別の敵に強く斬りかかり、これを押し崩すのである。
一方から魚群を追い込むような要領で、どうにかして敵を追い立て、敵の隊列が乱れて重なり合うような状態になったら、チャンス到来。間髪入れず激しく打ちかかることだ。

しかし、何人もの敵が群がってるところへ真正面からまともに突っ込んでいくような愚かなやり方では、成功は望めない。
だからといって、敵がでてくるところを狙い打とうなどと考えると、待つ気持ちが生まれて敵に後れを取るので、これまた、うまくいかないだろう。
敵が攻撃してくる拍子を的確に見極め、どうすれば隊列が崩れるかを察知することが勝利を呼ぶ秘訣である。
機会を狙って、敵を何人もおびき寄せるようにして追い込む方法に習熟し、そのコツを体得すれば、一人の敵であろうが、十人、二十人という大勢の敵であろうが、安心して戦えるようになる。

五輪書 水の巻32

ー 張り受けということ

「張り受け」とは、敵と打ち合っていて、ドタドタした乱れた拍子になって嚙み合わなくなったと感じたら、敵が打ってくる刀をはたいて打ち返すことだ。
「はたく」のだから、そう強く叩くのではなく、かといって、ただ受けるというのでもない。
襲ってくる敵に素早く応じる体制をとり、打ちかかってくる刀をはたくや否や、打って出るのである。
はたくことで機先を制し、さらに先手をとって打ちかかるという点が重要なのだ。
はたく拍子がドンピシャだと、敵がどんなに強く打ち込んできても、こちらにはたく気持ちさえあれば、切っ先を下げられるようなことにはならない。

五輪書 水の巻31

ー 喝咄ということ

「喝」も「咄」も、こちらが打ち込んで敵を追い詰める場面で、敵が打ち返して来たら、刀を下から敵を突き上げるようにして振り上げ、返す刀で敵を打ちのめすことを言う。

どちらも早い拍子で打つことに特徴があり、「カッ」と突き上げ、「トッ」という呼吸で打つのである。
喝咄の拍子は、どちらも打ち合いを行っているとよく出会うものだ。
喝咄のやり方は、敵を突く心持ちで切っ先を上げると同時に、一気に打ち込むのである。
その時のタイミングとリズムをよく稽古してつかみ、自分のものとせよ。

五輪書 水の巻30

ー 心を刺すということ

「心を刺す」とは、戦う場所の上方や左右が詰まっているという制約があって、刀を存分にふるって敵を斬り倒すことが難しい状況で「敵の心臓を突くこと」である。

敵が打ち込んでくる刀を交わす要領は、こちらの刀の峰を真っすぐ敵に向け、切っ先がぶれないように刀身をさっと引いて敵の胸を突くのだ。

この戦法は、(敵を何人も殺傷して)疲れてきた時とか、刀が斬れなくなってきた時などに用いると効果的である。

五輪書 水の巻29

ー 面を刺すということ

「面を刺す」は、敵との立ち合いで互角の勝負になったら、敵の顔を切っ先で突こうとするタイミングを常に考え続けることが肝要とする教えである。

敵の顔を突いてやろうとするこちらの気持ちが敵に伝わると、相手は顔や体をのけぞらせるものである。
敵がのけぞったら、勝つ方策はいくつもある。よく研究してもらいたい。

戦いの最中、敵にのけぞらせるような気配があるようなら、その時点ですでに勝利を得ているといえる。
であるから、「面を刺す」ということを忘れてはいけない。

我が二天一流の兵法の稽古をするときは、この有利な戦法に強くなるよう鍛錬しておくことだ。

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