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五輪書 水の巻24

ー 漆膠の身ということ

「漆膠の身」とは、漆と膠でくっつけたように、敵の体に密着して離れないような体勢をとることである。

敵の体に接近するときは、頭も体も足も、全て強くつけることだ。

大抵の人は、頭や足は素早くくっつけるが、体は元の位置に残っている。
そうではなく、敵の体に我が身を密着させ、体と体の間に隙間がないようにすることである。

五輪書 水の巻23

ー 秋猴(しゅうこう)の身ということ

「秋猴の身」とは、接近戦では「手を出さない」「手を出さずに飛び込め」という戒めである。

敵に体を接近させたい時は、手を封じ込めて出さないようにし、敵が打ち込んでくるよりも早く相手の懐めがけて飛び込んでいくことだ。

手を出そうとすると、刀を構えるためにどうしても相手から体が遠のいてしまうので、そうならないように、全身を素早く接近させることが大事だ。

五輪書 水の巻22

ー 打つと当たるということ

「打つ」ということと、「当たる」ということは別物である。

打つということは、どんな打ち方でも、そうしようとする意思が働く。

対して、「当たる」の方は、行き当たりばったりのような感じで、たまたまぶつかったのに、意外にもそれが強くて敵が即死するほどであっても、それを「打つ」とは言わず、「当たった」と言うのだ。

打つというのは、そこを狙って当てにいくのである。よく吟味するように。

当たるというのは、敵の手であれ足であれ、まず当てにいき、その後で強く打とうとするためのきっかけとしなければならない。

当たるということは、触るといった程度の意味でしかないことをよく学習し、両者の違いを理解して工夫することが大事である。

五輪書 水の巻21

ー 太刀に替わる身ということ

「太刀に替わる身」は、「身に替わる太刀」とも言う。

一般的に言って、敵を打つ場合、刀も体も一緒に動かしてはいけないものだ。

敵が打ってくるきっかけを読んで、こちらが先に打つ体制に移り、刀は体の動きより遅れて打ち込んでいくのがコツである。

体を動かさずに刀だけで打ちかかることも時にはあるが、大抵は体が打つ体制となり、それに刀が従う形となる。

このことをよく研究し、打つ修練を積むことだ。

五輪書 水の巻20

ー 紅葉の打ちということ

「紅葉の打ち」とは、敵の刀を打ち落とすさまを散る紅葉に例えた技で、渾身の力で敵の刀を打ち、手から取り落とさせることを言う。

敵が眼前で刀を構え、こちらを打とう、叩こう、受けようと狙っている時には、こちらが放つべき技は、前述した「無念無想の打ち」か「石火の当たり」のいずれかが効果的である。

どちらかの技で敵の刀を強く打った後、刀を相手の刀から離さないように押し付けておいて、切っ先を下げながらガシッと強打すれば、敵の刀は必ず落ちるはずだ。

この打ち方を鍛錬すれば、敵の刀を打ち落とすことが容易になる。心して稽古に励むように。

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