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五輪書 水の巻20

ー 紅葉の打ちということ

「紅葉の打ち」とは、敵の刀を打ち落とすさまを散る紅葉に例えた技で、渾身の力で敵の刀を打ち、手から取り落とさせることを言う。

敵が眼前で刀を構え、こちらを打とう、叩こう、受けようと狙っている時には、こちらが放つべき技は、前述した「無念無想の打ち」か「石火の当たり」のいずれかが効果的である。

どちらかの技で敵の刀を強く打った後、刀を相手の刀から離さないように押し付けておいて、切っ先を下げながらガシッと強打すれば、敵の刀は必ず落ちるはずだ。

この打ち方を鍛錬すれば、敵の刀を打ち落とすことが容易になる。心して稽古に励むように。

五輪書 水の巻19

ー 石火の当たりということ

「石火の当たり」とは、石と石を激しくぶつけると瞬時に火花が散ることになぞらえた技で、敵の刀とこちらの刀のお互いの切っ先がくっつくほどの近距離で相対したときには、自分の刀を振り上げずに、疾風怒濤の勢いで敵を激しく打つ手法である。
その場合、足、体、手の三カ所をすばやい動きで強烈に打たないといけない。
この打ち方は、何度となく練習しないと成功はおぼつかない。
よく稽古すれば、強く当てられるようになる。

五輪書 水の巻18

ー 縁の当たりということ

こちらが打ちかかり、敵がそれを刀で止めよう、弾きのけようとしたときには、太刀筋一つでその敵の頭も手も足も打つことだ。
太刀筋一つで敵のいかなる箇所をも狙い打つ技法を、「縁の当たり」と言う。

よく出会う打ち方なので、しっかりと習得すべきである。
何度も打ち合うことで理解を深めることだ。

五輪書 水の巻17

ー 流水の打ちということ

「流水の打ち」と言って、敵と相対していて競り合いになり、敵が速く退こう、はずそう、刀を早くはねのけようとするとき、こちらが心も身も悠然と構えていると、刀もそれについてくるので、いかにもゆっくりとした動きで、いわば川の流れが淵で淀むかのように、大きく打つことである。

この打ち方を習得すると、「確かに打ちやすい」と手応えを感じるはずだ。
ただし、その際には敵の腕をよく見極めることが大切である。

五輪書 水の巻16

ー 無念無相の打ちということ

敵が打ちかかってこようとし、こちらも打って出ようと思うときは、体が自然とそういう体制になり、気持ちも同じ動きをし、手もいつの間にか自然に勢いをつけて打っている。
これを「無念無相の打ち」と言い、最も大事な打ち方である。

この打ち方には、たびたび出会うはずだから、よく習い、よく鍛錬するように。

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