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五輪書 地之巻9

ー 兵法の拍子のこと

どんな物事にも「拍子」というものがあるが、なかでも「兵法の拍子」は、鍛錬していないと体得するのは難しい。
世の中によく知られている拍子では、能の舞の拍子、楽人が奏でる管弦音楽の拍子などがあるが、これらは拍子がうまく調和することで見事な拍子となる。
武芸の道を見ても、弓を射たり、鉄砲を撃ったりすることから乗馬に至るまで、全てに拍子・調子がある。
拍子は重要だ。諸芸能でも、拍子をないがしろにすることはありえないし、目に見えないものにも拍子がある。

「兵法の拍子」にも、様々な種類がある。
まず自分自身に合う拍子は何であるかを知り、合わない拍子は避け、大小・遅早の拍子の中で自分に合う拍子を知り、「間の拍子」を知ることで、相手の拍子に乗ることなく、逆に相手の拍子を狂わせることに専念することこそが、兵法の道である。
この「相手の拍子を崩す拍子」を体得しない限り、その兵法は確実なものにはならないのだ。
兵法を駆使した戦いでは、その折々の敵の拍子を知り、敵の意表をつく拍子を意識して目には見えない「空なる拍子」を我が二天一流の兵法の知略で生み出して相手に勝つのである。

本書のどの巻にも、もっぱら拍子のことを書き記すので、その内容をじっくり読みこなして、よく鍛錬してもらいたいものである。

五輪書 地之巻8

ー 兵法で武具の長所を知るという事

合戦用の武具は、どんなものでも戦う場所や状況に応じて、その武具の持つ利点を心得た使い方をしないと威力を発揮できない。

脇差は、狭い場所など敵との距離が接近している場面で有利なことが多い。
太刀は、どんな場所の勝負でも、だいたい有利である。
薙刀は、戦場では槍に劣るところがある。
槍が先手なのに対して、薙刀は後手に回るからだ。
槍・薙刀は戦場で威力を発揮する武具として合戦上では重要だが、共に狭いところでは利点が少ない。
弓は、合戦上における軍勢の進退状況にもよるが、槍隊その他の諸隊との連係動作の点で初動が容易であり、特に平地での合戦に有利である。
しかし、城攻めとか、敵との距離が三十六メートルを超えているようなケースでは役に立たない。
弓をはじめとする武芸は、見た目には百花繚乱だが、実践には無理である。
城内では、鉄砲の右に出る武具はない。
しかし、いったん合戦に突入すれば不適である。
弓の威徳の一つは、放った矢を目で確認できる点だ。
これに対し、鉄砲の弾丸は目に見えないところが物足りない。このことをよく心してもらいたい。

武具は、偏った好みで選んではいけない。
過剰であることは不足していることと同義である。
決して人真似をせず、自分自身の信念に沿い、自分の体にぴったり合って違和感のないものが一番である。
将・兵を問わず、好き嫌いだけで武具を選ぶのは良くない。
この事を胸に強く刻んでおくことだ。

五輪書 地之巻7

ー 「兵法」の二文字に秘められた含蓄に精通すること

この道では、刀の使い方に秀でたものを「兵法者」と世間では言ってきた。
諸々の武芸の道の上達者で、弓を巧みに射るものを「射手」といい、鉄砲が上手く使いこなせれば「鉄砲撃ち」と言い、槍が上手に使えるものは「槍使い」と言い、薙刀に習熟した者を「薙刀遣い」と言っている。
しかし、刀の道に精通した者については「刀遣い」とか「脇差使い」とは言わない。
弓・鉄砲・槍・薙刀は、みな武士の武具であり、いずれも兵法の道に変わりはないのだが、兵法と呼んでいるのは刀だけであって、それ相応の説得力のある理由があるのだ。

霊剣・聖剣という言葉があるように、刀には威徳とも呼ぶべき霊験あらたかなものがあり、その威徳を身に付けることで世を治めたり自身を修めたりできるようになることから、刀を兵法の根源と見なすのである。
刀の威徳を身に付ければ、一人でも十人を相手にして勝つことができる。
かくのごとく、我が二天一流の兵法では、一対一の戦いも万対万の戦いも本質は同じと見なし、武士が心得るべき法を全て兵法と総称しているのである。

道ということについて述べるならば、儒学者・仏道者・茶道家・礼法家・能役者らにもそれぞれの道があるが、それらは武士の道には含まない。
武士の道ではないと言っても、それぞれの道について広く知ることは、どんなことにも通じることを意味する。
いずれの道においても、人間として自分自身を鍛錬することが肝心なのである。

五輪書 地之巻6

ー 我が流儀を二刀流と名付けること

私が二刀流を編み出したわけは、武士ならば将であれ兵であれ、誰もが腰にじかに二本の刀を差すからである。
我が国においては、そのいわれを知っているいないにかかわらず、大小日本の刀を腰に佩びることは武士そのものである。

武士たる者が一命を懸けて勝負しなければならないときは、身に佩びた武具を一つ残らず役立てたいものだ。
武具を使うことなく、ただ腰に差したまま死んでしまうことは、何とも不本意である。
しかし、両手に物を持つと、右手も左手も思うように動かしにくくなる。
刀を片手で操る習慣がそれまでなかったからである。
槍・薙刀などの大きな武器は両手で持つしかないが、刀・脇差は、本来どちらも片手で持つ武具なのだ。
両手で刀を握って使うやり方は、本来の剣の道ではないのである。
片手では敵を斬り殺しにくいという場合は、両手を駆使して仕留めにかかればよい。
手間暇かけて思案することの程ではないのだ。
いずれの武具も使い慣れることが大事で、刀も片手で振り続けていれば勘どころを把握できるようになり、素晴らしい振りになってくるのである。

刀の道というのは、ただ早く振ればよいというものではなく、そのことは第二巻の「水の巻」に記すので、そこを読んで理解してもらいたい。
刀は広い場所で振り、脇差は狭い場所で振るのが有利だ。これが基本である。
我が二天一流の兵法が目指してきた神髄は、長い刀でも勝ち、短い刀でも勝つことである。
したがって、持つ刀の長さを定めていない。
どんな刀でも勝てると思う精神が、我が二天一流の道なのである。

講師Xの「自由気ままなブログ15」

「自由気ままなブログ15」です。占いや風水好きの者が書く「統一感の無い」、「頻度も決まって無い」自由な内容のブログです。

今回は、スーパー大安についてご紹介します。
スーパー大安とは、新月と大安が重なる開運日。

詳しい内容の前に新月と大安について。

新月:新しいスタートの日。 
   何かを始める、新しくものを買うことや新しい計画を立てて動き出すなど小さなことでも
   種を撒くと良いとき。

大安:すべてのことに大吉。 
   特に結婚に関してはとても良い日とされるので、結婚式の日取りなどに選ばれる。 
   終日、凶となる時間はなく、仕事や旅行、引っ越しなど、様々なことに用いられる。

という良い日です。なんと、この二つが重なるスーパー大安は、年に2回だけ!
2025年は、「5/27と12/20」。

そして、開運行動は、可能な範囲で「ケチらずに自分にご褒美をしたり、贅沢にゴージャスに過ごすこと。」
普段より質の良いものや高価なものを購入することや普段よりも豪華な食事をすることなど。
新月と大安なので、何かを始めることや旅行に行ったりすることもOK。

逆に避けた方がいいのは、「普段通りに過ごす」や「セール品を買う」とかです。
つまりゴージャスに過ごすの逆です。ケチるとその運が染み付いてしまいます。

スーパー大安の日は、是非ゴージャスに過ごして楽しんでみてください。

2025年5月
◎ラッキーカラーレモンイエロー
◎ラッキーフード牛肉、山の幸
◎ラッキーアクション階段の上り下り
◎ラッキースポット山◎掃除すると良い場所トイレ
◎ラッキーアイテムベルト
◎ラッキーモチーフ三角、腕時計
◎ラッキーナンバー18

興味がありましたら出来る範囲で参考にしてみてください。 

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