
ー 刀の持ち方のこと
「刀の持ち方」は、親指と人差し指を心持浮かすようにして、中指は締めもせず緩めもせず、薬指と小指で締めるようにして握るのである。
ただしその時、手の中に緩みを感じる握り方は良くない。
刀を手にするときは、「敵を斬るためだ」と強く念じることだ。
実際に敵を斬る時は、手の内に違和感がなく、手がすくまないような握り方をしなければならない。
戦闘で敵の刀を打ったり、受けたり、押さえつけたりする場面があっても、刀の握りは、親指と人差し指だけを少し変えるくらいもつもりで、しかし気持ちの方は、「是が非でも相手を斬り倒す」と強く思いながら刀を手にしていないといけない。
試し斬りを行うときも、真剣勝負の時も、人を斬るという点には変わりはない。
どんな場合でも、刀や手が固着して動かないような状態はさけなければならない。
固着は「死に手」だが、固着しなければ「活き手」となる。
この違いの重要さをよく心得てもらいたい。


ー 兵法の目付ということ
「目付」とは、「目のつけよう」の意味で、「目配り」のことだ。
目配りは、大きく広い視野で行うのがコツである。
目配りには、目で眺める「見」と心で見る「観」の二種類がある。
「観」は強く、「見」は弱い。
遠方のものは、近くにたぐり寄せるようにして見ることでその本質を見抜き、近くのものは、逆に遠くから眺めるようにして大局的に判断することが大切なのだ。
「敵の太刀を知り、いささかも敵の太刀を見ず」という考え方が兵法では大事である。
これは、敵の太刀のうわべの動きに幻惑されることなく、敵の真の太刀筋を読めという意味である。
そうした目配りは、一対一の勝負でも大勢が激突する合戦でも必須である。
その際、眼球を動かさずに両脇を視野に入れられるかどうかが問われる。
目配りは、忙しい中で早急に身に付けることは難しい。
日頃から目付をする練習に励み、いかなる場面でも、目付が変わらないように鍛錬することだ。


ー 兵法の身なりのこと
我が二天一流の兵法が求める姿勢は、以下のようであるべきだ。
顔はうつむかず、あおむかず、傾けず、歪めず、額にはしわを寄せず、眉の間にしわを刻んで、眼球を動かさないようにし、瞬きをしないように心掛けて、目は少し細めるようにし、穏やかな顔つきで、鼻筋を真っすぐにして下顎をやや突き出す感じにする。
首は後ろの筋を真っすぐにして、うなじに力を入れ、肩から下は全身が一体になっているように感じられるようにし、両肩を下げ、背筋をまっすぐにして、尻は出さず、膝から足先まで力を入れ、腰がかがまないように腹を出すのである。
我が二天一流の兵法では、平常の身のこなしを戦いの時の身のこなしとしている。
つまり、戦いの時の体の動かし方は、平常と同じようにするのがベストなのである。


ー 兵法の心の持ちようのこと
二天一流の我が兵法では、戦時の心の持ち方が平常時と違わないように戒めている。
平生であれ、戦闘の場であれ、少しも変わることなく、緊張することもなく緩ませることもなく、心眼を偏らないよう中心に据えてることで、体が変幻自在に即応できる心理状態を保てるように心掛けなければならない。
動作は静かでも心は停止させず、動作が早いときでも心は少しも急がず、心が体の動きに影響されないように、体は心の動きに影響されないようにするのである。
心の持ち方にはよく気を配り、体の動作にはいちいち気を奪われないようにし、心の充実に努め、と言っても、心に必要以上の余裕が生じるようにするのではない。
心の奥の信念はあくまでも強く、それでいながらその本心を相手に嗅ぎ取られないようにしなければならない。
心眼が濁ることのないように視界を広げ、知恵を研ぎ、天下国家の正義・不正義をよくわきまえ、物事の善悪を知り、様々な芸能や武芸に触れ、世間の人間に騙されることなどないようにして初めて、兵法の知恵を習得できるのである。
戦場という全てがあわただしい状況にあっても、我が兵法の道理をよくわきまえ、不動の平常心を保てるよう、絶えず工夫せよ。


我が兵法である「二天一流」は、水にヒントを得た「利方の法(勝つ方法)」を実践することから、「水の巻」と名付け、ここにその太刀論の神髄を書き記すものである。
以下に私が書き記すことを、一言一句たりともないがしろにすることなく、深く吟味し会得してもらいたいものだ。
全ての道に言えることであるが、いい加減な気持ちで学ぼうとすると、本来の道から外れてしまうことが多い。
そうした過ちを犯さないためには、大所高所(広い視野と高い観点から全体を見通すこと)に立った読み方をすることが大切である。
そのことを念頭に置いて、ここに書いてあることをいつも自分自身の身に当てはめて理解することを心がけてほしい。
読むだけで十分とか、習うだけで満足などと決して思わず、書かれたことだけを真似すればよいというような横着な考えも捨ててもらいたい。
必ず何かを習得するのだという強い意志をもって、勘どころを見つけ出すように努め、常に当事者の感覚で、日々工夫し、研鑽に励むように。
