今日初めてネギを美味しいと感じた。
鍋に入ってたりすると何となく美味しいと思ったりするのだが、
「このネギ美味しいね!!!」
と口に出さずにはいられない程の美味しさは初めてだった。
畑で取れたものをすぐに持ってきてくれたようです。
その食べ物が最も美味しく育つ場所で取れたてのものを食べると本当に美味しい。
来週が今年最後の稽古。
本日はいつ以来か分からない一手目皆中。
だいぶ的中率が上がってきたが新たな右手の内の修正箇所が見つかったため再び的中を捨てて課題克服のための稽古。
当てたいが上のレベルの完成を目指すため今は当たらなくて良い。
しかし分かっていてももどかしい。
ストレスがたまる
稽古場に行くといつも既にお一人の方がいらっしゃって的を立てているのだが、本日はもう一人女性の方がいらっしゃっていて、その方に的の立て方を教えている様子。
慣れないと5つの的を同じ高さに立てるのは難しいので普通は射場から的の高さを見てもらうのだが、私を含めて3人とも的場にいるので高さの調節が自分の感覚になってしまう。
案の定その女性が立てた的だけがすごく高くなってしまったので私が直そうとすると、
「それでいいよ、高けりゃ高く狙えばいいのだから。」
最高です。その考え方。
武道をスポーツにしないための重要な考え方だと思います。
もっと言うと戦に使ったり、獲物を取るために使っていたものですので。
因みに先日、射場に立って弓を引こうとしたら矢を持っていなかったという方がいらっしゃった。
戦国時代にもそういうおっちょこちょいな人はいたのだろうか。
突撃~! したけど 矢がな~い!
稽古の時だけではなくて戸外で行う行事の時も感覚頼りです。
射場から的までの距離が決まっていると思いますが誰もメジャーを持ってこない。
弓で大体の距離を図って
「これくらいでしょ。」
リハーサルもしないし本番前に何射か引いておこうという人もいない。
ずっと左手の手の内で悩んでいたら右手の手の内が分かった。
先生に教えていただいたのだが。
右手にかかっていたストレスが全く無くなった。
体全体に余裕が生まれ、的中率も上がった。
昨日の金曜殺陣クラスの抜刀稽古中にも似たようなことがありました。
刀が重くて抜いたあと刀をキープできないと言うかたがいらっしゃて、そのせいで抜く前から刀が下がらないようにと右手に力が入っているようでしたので、左手10割で抜いて右手は全く使わないでくださいとアドバイスしました。
それじゃあ抜いたあと右手がすぐに下がってしまうと思われたようですが、やってもらうとスッと抜けてピタッと刀も止まり「刀が軽い・・・」と呟かれました。
常識で考えると不思議なことが人間の体ではいろいろできるようです。
なので左手の手の内も次回できててくれ。
弓稽古
掴みかけているが掴めない状態が半年間続いている。
課題ができ、その課題克服に取り組んでいるとその課題をクリアする前に新しい課題が見つかり、またその課題をクリアする前に次の課題ができ、という状況でまだ何もできていないのだが、感触は悪くない。
プラス、柿とリンゴのフルーツ。
更に3時には塩ようかんと砂糖柚子。
組み合わせがオシャレだ。
今日は夜から殺陣の稽古がありますのでお先に失礼致しますと言って帰ろうとしたら、
デカおにぎりを作ってくれました。
リフレッシュチャージされる。
いつもありがとうございます。
本日の一言。
「自分の魂をけがす生き方はするなといつも子供たちに言っている。」